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コラム

さぁ、次は 2010-10-01 03:38

 数え切れないバンザイを繰り返したあの日から、会う人が口をそろえて
「おめでとう!」
と声をかけてくれる。非常に嬉しい限りである。
 ところがその後に続く
「で、区議会は何か変わるの?」
には、少々答えに詰まる。
 区政の多くは都や国と連動しているから、そりゃ都議会第1党と政権交代の影響は区の仕事に少なからず変化を与えるに違いない。
 しかし、残念ながら政権交代が起きても、自民党で都議会議長まで務めた区長が引退するわけでもないし、区議会第1党の自民党との構成比は変わらない。 「ヒトよりコンクリート」だった区政は微修正を加えて「ヒトにも」くらいには変わるのかもしれないが、長年積み上げてきた公共工事の旨味成分にしがらみス パイスを振りかければ、直近の民意などどこ吹く風は間違いない。
 だからこそ、ここからが我々の出番だ。全国で同様に起こっている国と地方の乖離を埋めていくのは、民主党の地方議員の役目だ。
 参院選、都議選、衆院選と続く勝利のホップ・ステップ・ジャンプは、前回統一地方選からスタートしていたわけで、今日までつながる民主党への期待によっ て保障された身としては、粉骨砕身大いに汗をかき、残り1年半に迫った任期でしっかりと結果を出すことが至上命題と胸に刻んでいる。
 そして、国と地方のネジレを根本治療するには、次の統一地方選が何より大事になってくるのだ。利権・特権・パーティー券にまみれず、口先じゃない区民目 線で区政をリードするトップが誕生しなければ未来がないし、区議会第1党を確保するための候補者を擁立しなければホントの改革が進まない。
 民主党公認の新人が少なけりゃ自分の当選確率が・・・なんて絶対に思ったことがない、確か、ない、いや、ないはず。
 全国の地方議会で民主党はまだまだ少数政党で、これまでわずかな政策反映のために自・公よりのスタンスを取ってきたところも多いけど、民主党の旗でバッ ヂをつけている一人ひとりが、今いちど民主党らしさと民主党への期待を理解しなければいけないと思う。民主党の看板に「保身」の2文字はいらないし、現職 のための理屈が優先される政治は終わりつつある。手塚さんが都連幹事長として総支部長として、たゆまず続けてきた党勢拡大が、今の民主党を支える根幹だと いう現実を見れば、その真理をより世田谷から成すため、どんな高いハードルだって越えていかなければいけない。
 そんなことを思いながら暮れなずむ世田谷の夜景に目を転じれば、窓に映った自分の姿がイシンバエワに見えてきた。
 バーを越えた先に広がる新しい世界が、区民にとっても待ち望んだ生活であると確信して高く高く跳躍しますので、膝元の区議会にご注目お願いします。

手塚さんが好きな人は、高い志を持ち、ヤケドするほど熱く、一緒に面白い酒が飲める人。そんなタイプにカチッとはまるブラザーが日本海沿岸で吠えている。
 いのべ航太、福井で戦う35歳。慶應大学を卒業し、電通に入社。エリートサラリーマンでありながら休日は無償の選挙ボランティアに汗を流し、志を形にするため紆余曲折しつつも、ついに父祖の地「福井」で己を賭けた勝負をしている。
 そんないのべさんが東京5区の手伝いにやってきたのはもう4〜5年前になるのだろうか。丁寧な物腰と妥協の無い姿勢は全てにおいて「尊敬すべき人」であ り、学生インターンにとっては就職相談にも乗ってくれる「便利な人」であり、後輩や秘書にとっては一緒に酒を飲むとゴールのない「厄介な人」であった。折 角なので酒のしつこさに多少の文字を割かせて頂くなら、異常な量のアルコールを酌み交わした後に相手が夢の世界に旅立っても、その首カックンを熱弁する自 説への共感の頷きと解釈してさらに話に熱がこもる、タチの悪いバッカスである。果てしない一方通行の終わりを告げるホイッスルは、いつも決まって「コケ コッコー」か、朝方のゴミをあさる「カーカー」であり、決まって相手は「グーグー」かつ「ヘトヘト」である。そんなイノベ地獄の被害者は目黒・世田谷には 数多い。しかし、誰にも好かれ誰にも慕われる、稀に見る逸材であるのは間違いない。特徴的な酒グセもTPOと節度を守れば「付き合いのいい奴」として、福 井での強力な武器に早代わりする。いや、おそらくしているのだと思う。
「チーム手塚」もBOSSを筆頭に続々と福井入りして、気心知れた仲間の一大決戦に総力を挙げて応援体制を敷いている。民主党への逆風は強風波浪注意報を 発してるけど、社民党の協力だって惜しいけど、人に会えば「普天間」「口蹄疫」「鳩山・小沢」の話しかされないけど、いのべ航太は今日も交差点に立ち、ひ たむきに自身の政策を行き交う車に向かって訴えている。
 東京、全国、その他多くの戦いを抱える手塚さんではあるけれども、開票速報で気になるのは福井で、永田町で1番強く抱き合いたいのはいのべさんに間違いない。チーム手塚も全員がバッカスの凱旋を心待ちにしている。
 相変わらずタレント候補ばかりが注目を集める戦いの様相を呈していますが、福井発→日本を変える実力派大型新人に是非ご注目ください。

人は時たま他人のようになりたいと願う。

偉大な父親の背中を追いかけ、憧れの先輩を真似し、芸能人と同じファッションを身に着け、目標に少しでも近づけるように努力する。

しかし本人の意識するところとは全く関係なく他人に間違われるケースも、広い世の中確かに存在する。

ひとつは「タレントの○○にそっくり〜」なんて合コンで盛り上がるレベルではなく、全くの赤の他人だが外見がいわゆる「激似」して いるケース。生き別れた双子だかドッペルゲンガーだか詳しい事情は知らないが、ほとんどの御仁は経験することない中で、しかし確かに報告される稀少な例。
そしてもうひとつが、雰囲気が似ているケース。つまり醸し出すオーラをはじめ、話し方やしぐさなど、対峙する人を惑わせるほど同じ空気を身にまとっている場合。

このセカンドケースは巷でちらほらと見かけるけど、とくに大量生産されるのはまさに政治家の秘書である。つまり多くの時間をともに過ごしたり、本人に成り代わって代理の作業をするにつれ、意図せずどんどんとボスに似てきてしまうのだ。

証明するため、身近なサンプルを提供する。

地元担当で最も有権者と接する渡辺秘書は、
「手塚さん、自分でポスター貼って、本当に偉いわねぇ」
と声を掛けられた回数は両手両足の指を合わせてもとても足りない。

土橋秘書なんかは運転席に座っていても代議士本人に間違われる。この現象が手塚さんの減量後にも続いていることは、錯誤の原因が外的要因でないことを証明している。

知る人ぞ知る秦元秘書の姿は誰が見ても異形であったが、やはり何度か手塚さんだと思われて話しかけられていた。

群馬で頑張る蓮市議も、いまだに東京5区入りする度に握手を求められるという。

こうして次々と産み出されていく「くりそつ」秘書が、より分身に変わるのが選挙である。

つまり日常的にそれぞれの役割分担で動いていたのが、大きな目標に向かって一気に燃え上がり、気持ちと行動がひとつになることで、もうどこに行っても候補者本人みたいな状態になって傍から見ればどれが候補者か分からなくなる。

これを候補者が「憑依」した状態と呼ぶ。

スタッフがこのモードに入ると強い。なんてったって自分の手足が増えたような千手観音状態だから、何倍もの有権者と握手し、多くの 現場に足を運べるのと同じ効果を得たも同然。さらに憑依スタッフはテンションがMAXで疲れ知らない。さらにそのスタッフに引き摺られるように周りのス タッフもモードオンしていく。憑依が憑依を生んでいく訳だ。

選挙においては「憑依」こそ最強のツールなのかも知れない。

するとなると、今夏の戦いはどれだけの憑依を増やせるかが鍵となる。

選挙に絶対は無い。いやむしろ「空けてビックリ玉手箱」は社会一般の出来事に比べたらだいぶ多いと思う。

絶対に「1番でなくてはならない」戦いを前に、蓮舫さんが1日も早く舞い降りてくるように、今から全力を挙げていく。6年前の首の痛みを思い起こしながら。

最後に、45歳を迎えてなお韓流スターの髪型を真似て東方神起を熱唱する目黒の松田区議に、その趣味嗜好と方向性は誰にも理解の届かない高みにあるけれど、とにもかくにも誰より早い夏の憑依を願おう。

「松田さん! 蓮舫車の運転席、まだ空いてるみたいですよ!」

お前じゃなくて、泣きたいのは、普通は俺だろ」

帰り路の車の中で涙ぐむ運転手の頭を、そう言ってなでてくれた手塚さんの手の温かさは、絶対に忘れることが出来ない。

2005年9月11日、4年前の落選直後の出来事だ。

あれから区議会議員になり、2人の子どもが出来て、個人としての環境は大きく変わったし、事務所スタッフもほとんどが入れ替わったけど、あの時に置き忘れてきた結果を取り戻すため、今回の選挙戦もまたファンカーゴの運転席に身体をうずめた。

12日間の秘書復帰は、不本意ながら随行技術の衰えを感じる戦いだった。

なんせ目黒区の道が若干うろ覚えになっているし、20kg減の手塚さんが好むコーヒーは無糖か微糖か分からない。4年の経過を長くも短くも感じながらの選挙戦だった。

しかし、久々に濃密な時間を過ごした特別な立場として、歴史的責任をしっかり果たすべく、この戦いにおける一端を「秘書日記」ファンにお伝えしなければいけない。

まず、2003年から挑戦している選挙カーを使わない選挙戦。マイクを握って街に出るということは、太陽が照れば極端に体力を奪わ れ、雨が降れば即刻中止を余儀なくされる。それでもリスクを背負って住宅街をひた歩く手塚さんは、東京5区から、そして日本から、選挙カーをなくす未来に 向けて足を前に出していたんだと思う。

その信念の挑戦は正しさが証明された。

さらに、毎朝の駅頭演説が終わってからの選対ミーティング。連日の各種報道や世論調査データに緩むことなく、むしろスタッフが提案 する街宣日程をよりタイトに、より厳しく修正し実践していく手塚さんは、政権交代の可能性を強く感じたからこそ出来るだけ多くの有権者の声を聞きたかった んだと思う。

妥協のない姿勢がとてつもない得票につながった。

そして、前回選挙との最大の違いはやっぱり応援団の数だろう。支持者も増えたし学生スタッフも増えたし、何といっても目黒・世田谷の民主党議員数が増えた。票をまとめて持ってくる前時代的関係ではなく、老いも若きも赤ポロシャツで走り回った。

行く先々で赤ポロ秘書が待っていて、手塚さんは心強かったと思う。

行く先々で赤ポロ議員がマイクを持って、手塚さんは頼もしかったと思う。

行く先々で赤ポロ学生が汗をかいていて、手塚さんは嬉しかったと思う。

「チーム手塚」は最高だったと胸をはれる選挙になった。

日本は今、大きなスタートラインに立った。立たせてくれたのは国民の皆さん、ここから先は我々民主党の責任。

個人的には4年前の大きな忘れ物をしっかり取り戻すことが出来た。4年前とは違う涙を流すことが出来た。

手塚よしおの17年間、特にこの4年間、お支え頂いた全ての方に心から感謝をするとともに、4年ぶり国会での活躍に、どうぞご期待頂きたいと思います。

ということで、思い残すことなく区議に戻ります。10月の「外野席」でまた会いましょう。

神の啓示 2009-06-01 03:39

首が回らない。
 といっても、借金に追われているわけではない。
 左45度以上の回転は激痛を伴い、緊急避難的にピサの斜塔よろしく常に右に傾いている。
 分かりやすく言うと「ん?」の姿勢がベスポジなのである。
 原因は分からない。病院で首輪が支給されたが、病名も分からない。
 50代と思しき看護婦に座薬を突っ込まれたが、痛みは引かない。
 これはもう神のいたずらだと思うしかない。と書く間に記憶が鮮やかに蘇る。
 5年前の暑い夏。
 蓮舫さん当選に向けて一体となった懐かしい夏。
 後ろからの追突事故により首輪を余儀なくされた痛ましい夏。
 暖かいコメントをギプスに残す麗しき恒例に漏れず、当時の選対メンバーはこぞって筆を持ってくれた。もちろん蓮舫さんも手塚さんも。
 嬉しい記憶がないのは、きっと寄せ書きではなく落書きだったのだろう。
 いずれにしても、夏場に首を温めながら大勝利を飾った特別な記憶だ。
 そして今回も首を温めながら選挙に臨んでいる。
 果たしてこれが偶然で片づけられるのだろうか。
 大きな決戦の前には自らハンデを背負い打ち勝つ、これが僕の運命なのかも知れない。
 その勝利の味をさらに引き立てるために。
 とかなんとかいって、今回のハンデは強烈だ。
 なにせ、駅頭でビラがモーレツに配りづらい。
 右から来る人には笑顔で渡せるが、左から来る人には般若で渡す。というより、これだけ視野が狭まると左から来る人が見えない。草原を駆けるインパラだったら百獣の王に瞬殺であろう。
 これは非常にまずいので今から整体・ハリ・マッサージ、あらゆる手を駆使して回復に努めたいと思う。
 首が元でクビになったらそれこそシャレになりませんからね。

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