4197票のご負託を頂き、2期目の当選を果たすことが出来ました。
言い尽くせない感謝を心に、新しい4年間も精進して参ります。
引き続きのご指導をお願いいたします。
一方、民主党にとっては非常に厳しい結果となりました。
現職8議席が4議席に、16名の候補者が4名になりました。
国政の逆風が直接区民の声として現れたような気がします。
誰がなんと言おうと、この4年間の世田谷区議会で先頭に立って改革を進めてきたのは区議会民主党だと胸を張って言えますから、志半ばで涙を呑んだ仲間のことを考えると切なくてなりません。
今回のことから学んだのは、国政都政でどんな風が吹こうと区議会民主党の活動をちゃんと区民に分かってもらえるような発信をしていかなければいけないと言うことです。
新しい区長が誕生をし、自民党公明党で半数を占める新しい区議会も構成されました。
区政は未知の領域に突入していきますから自分の使命と責任を果たすことはもちろんのこと、我々ももっと強くなっていかなければと痛感する今回の選挙になりました。
引き続きご意見をお寄せ頂きますようにお願いいたします。
あと3時間で日付が変わり、世田谷のこれからを決める1週間がスタートします。
考えてみても早かったような長かったような4年間でしたが、後悔をしたり、期待をして頂いた方々に顔向けを出来ないような活動は一切してこなかったつもりです。
多くの方に支えられ、多くの方に励まして頂き、そして多くの方に育てて頂いた4年でした。
語り切れない感謝を胸に、明日からの1週間を戦って参ります。
世田谷の財政は大変厳しく待ったなしです。
掲げるように、財源のアテがない聞こえのいい政策を競うような、無責任な政治をこの世田谷から変えていくため、全力を尽くします!
お世話になった全ての方々、本当にありがとうございました。
いい結果をご報告出来るように、頑張ります。
非常事態、安定志向、低投票率。
予想通りの都知事選挙が決すれば、いよいよ自分の番です。
制限されていた駅頭も明日から解禁。
試練の1週間+1週間がスタートします。
もちろん華美な活動が自粛を求められる空気ですから、これまで同様に地道な活動に時間を使っていくのみだと思っています。
事務所もだいぶムードが出来上がりつつあり、インターンそれぞれの担当作業具もそれぞれの低位置で散らかりを見せ始めています。
いかんせん男所帯なもので片付けには少々アバウトなのは言うまでもなく、虫が湧く前に掃除大臣を決める事が喫緊の課題です(笑)
さて、いよいよHPが衣替えする用意が出来ました。
気持ちもHPも新たに、頑張っていこうと思いますので、乞うご期待!
またもや滞っており、申し訳ありません。
まず、29日の本会議最終日を持って、今期の議会活動がすべて終了しました。
今期で勇退をされる6人の議員と退職幹部職員を送る式典も執り行われ、同時に今期で引退を表明している区長も2期8年の牽引に幕を降ろすことになりました。
そして、本日31日で平成22年度が終了することになります。
209名の区退職職員、そして新たな異動人事にガヤガヤする区役所は、新しくスタートする環境への準備が色濃く漂う区役所の空気でした。
4月に入ればいよいよ選択の刻が近づいてきたということ。
自粛ムードが強い中で延期せずに行われる統一地方選挙。
投票率の低下は、日頃の活動がモノを言う一方、これまで目指してきたような古い政治を一掃するための世代交代は進み辛い環境と言えるでしょう。
とは言っても4年間の世田谷を決める避けて通れない大事な選択です。
区長も区議も、区民が強い意志で選択してくれるように願っています。
個人的には28日から尾山台駅前に新事務所がOPENしました。
まだ何にもない事務所ではありますが、通りかけの際には是非お寄りください。
阪神淡路を超える被害となった今回の震災。
燃料不足で救援物資のスムーズな運搬に支障が生じる中、東京でもガソリンスタンドとスーパーへの行列はいまだ続いています。
先日尾山台駅で行った義捐金活動でも、1時間でびっくりするような金額を集める事が出来ました。
良くも悪くも、全国民が我が事として感じているのでしょう。
さて、中学校卒業生へのメッセージに続いて高校卒業生へのメッセージも掲載させて頂きます。
未来を担う若い力に重ねて期待します。
高校卒業はちょうど干支一周前になってしまいましたが、世田谷区議会の若手として全力を尽くして参ります。
卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。
諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。
また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。
とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。
未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。
このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、
今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、あま
りに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述
べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。
諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。
大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。
大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ
少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。
多くの友人を
得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友
人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。
楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。
君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。
学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。
誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。
大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。
言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。
中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。
大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分
ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。
大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。
池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。
「今日ひとりで海を見てきたよ。」
そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。
悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。
時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなの
だ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを
抜かすな。
いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。
いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。
海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。
真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。
鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。
教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。
「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ ヘー アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書8:32
一言付言する。
歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今
この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原
子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も
続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供
給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは
何か。そのことを考える。
泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。
今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。
被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。
巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。
本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)
被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。
梅花春雨に涙す2011年弥生15日。
立教新座中学・高等学校
校長 渡辺憲司