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日記

早すぎるバトン 2012-02-21 10:15

2月14日、群馬県みどり市議会議員の蓮たかみちが30歳という若さでこの世を去りました。

このことについて、ブログで書こうか書くまいか悩んで今日になりました。

どう記したところであいつとの時間は表せないし、受け止めきれない現実を公開の場で中途半端に流すことがいいのかという自分なりの葛藤があったからですが、やはり気持ちの整理をつけるためにも書けることは書こうと思いました。

約10年前、当時手塚事務所の秘書になったばかりの頃、学生インターンとしてやってきたのが蓮でした。

背が高くて毛深い、山男のような奴だなと思いながら、その体躯からは想像できない素朴で優しさあふれる男でした。

それから一緒に、何度も選挙の手伝いを乗り越え、何夜も酒を飲みすぎ、何回も腹を抱えて笑いあいました。

大騒ぎの海外旅行も忘れられない思い出です。

学生時代から一貫して政治家を目指していた強い意志で選択したのは、東京で選挙に出るのではなく地元に戻っての立候補でした。

秘書の先輩後輩でありながら同じ統一地方選挙で当選をした仲間として、度々の上京ではそれぞれの地域差なんかを話題にまた酒を飲んだものでした。

2年半前の都議選直前に癌が発覚し、それでも続く衆議院選挙の最終日には都立大学駅に駆けつけ、それ以降もstage4の重病を抱えながらも地元ではしっかりと役割を果たしていたそうです。

昨年の2度目の選挙では無投票再選を果たして、こんなんで政治が変わるのかとくやし涙を流したとのこと。蓮らしいエピソードです。

芳しくない話を聞いて群馬の病院に駆けつけたのが12月半ば。

思ったより元気にしている姿にホッとすると同時に、本人から「そう長くない」といった内容の報告を受け、何を話せばいいのか分からない気持ちになったのはまだ2か月ほど前のことです。

それでも、これまでのこと、やり残したこと、そして「死」についてまで、色々と話をしました。

とにかく親方(手塚さん)を始め多くの仲間に会いたいといっていたから、東京に帰る道すがら久々のメンバーにも電話をかけて、その後多くのメンバーが群馬で蓮に会えたことは本当によかったと思っています。

17日18日と桐生市において通夜告別式が行われました。

仲間一行で泊りがけで参列し、夜は不謹慎だと思われるほど騒いできました。

これまでなら間違いなくその輪の中に蓮がいたことを思えば、あいつも「まったく」とか言いながら笑っていたことでしょう。

後輩でありながら心から尊敬できる男であり、政治家でした。あまりにも早すぎる別れです。

残った僕らはそれぞれのフィールドでこれまで以上に真摯に取り組んでいかなければいけません。

それが、ベッドの上で「最後まで政治家で」と語った蓮の意志を継ぐことに他ならないからです。

明日から世田谷区議会も定例会が開会されます。

しっかりと背負って決意新たに臨んでいきたいと思っています。

 

 

2月に入り、各議会も慌ただしくなってきました。

もちろん年間を通して一番の大仕事、予算審議が近づいてきたからであります。

特に今年は新しく保坂区長に変わって初めての予算編成です。

5月以降、区政の陣頭指揮は執っていましたが、それはあくまで熊本前区長が作った予算の枠を守りながらでありますから、「らしさ」を初めて100%発揮出来る最初の予算になるわけです。

相変わらず課題は山積ですから、脱原発や被災地対策だけでない注目の取り組みが期待されています。

区議会議員としてはそのチェックと提案が役割ですから、区民同様にこれまでにない動きに期待をしつつも、厳しい目線でのチェックを心掛けなければと改めて感じています。

前回代表質問を担当しましたから開会直後の一般質問はお休みですが、そのぶん一問一答の予算質疑では徹底的に暴れまくってやろうと思います。

なにやら国政の場でも橋本大阪市長を中心に様々な動きが出てきたようです。

任期通りであれば選挙のない稀な2012。

やっぱりかという思いと、本当にあるのかなぁという思いに包まれて、とにかく自分のやるべき仕事に邁進する、そんな2月にしようと思っています。。

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